世紀の一戦

モハメド・アリさんがお亡くなりになりました。20世紀を代表するスーパースターである事に間違いないかと思いますが、お若い方はピンとこないかもしれません。不惑をとうに超えた私でも、現役時代のファイトは憶えておりません。ただ、一つの試合を除いては…です。

その試合とは、アントニオ猪木さんとの異種格闘技戦です。あまりにも有名な試合なので、ここで四の五の言うつもりはありませんが、敢えて言わせていただくと、最高に面白い試合でした。ただし、『今、見ると』という加筆を必要とします。

当時、私の周りの大人達は、予想を裏切るその結果に憤慨していたように記憶しています。今、見て面白いと感じるのは、あくまで私の場合ですが、世紀の一戦に至るまでの様々な思惑や葛藤を紹介する書物を、この40年の間に目にする機会があったからだと思います。後世の歴史家が何とやらではありませんが、現在ではこの試合の評価は一変しています。特に近年で言うMMAに造詣の深い方が観たら、ウ~ンと唸る場面がいくつかあるのではないでしょうか。

とはいえ、当時は先に書いた通り、『世紀の凡戦』と酷評されました。この一戦に自らの情熱だけでなく、社運まで賭けた猪木さんの喪失感は想像を絶するものだったと思います。試合翌日、とても外出できるような気分ではなかったと察しますが、よんどころない事情もあり、外出されたんだそうです。

「どんな罵詈雑言を浴びせられるか」

何せこの試合は昼夜合わせて視聴率が50%近くだったそうです。かんじがらめのルールの中で、真剣勝負を行った人を慮る『熟成された眼』を当日の人は持ち合わせていませんでした。それもそのはず、この一戦の詳細なルールが明かされのは後年の話です。

自宅を出てすぐ、1台のタクシーが猪木さんの前を通り過ぎて停まり、わざわざバックしてきたそうです。ドライバーさんは窓を開けて一言、「猪木さん、昨日の試合よかったよ。お疲れさまっ!」と声をかけたんだそうです。

なにげない、本当になにげない一言だったそうです。ですが、「その一言で、どれほど救われたことか」と、後年の猪木さんはインタビューで語っています。このエピソードが猪木さんの口から語られた事は1回2回ではありません。よほど嬉かったのでしょうね。

一言で人の気持ちは生かされ、殺される事があります。試合翌日に最初に声をかけた人が、タクシードライバーだったというのが、何だか嬉しいですし、よかったと思います。お客様と時には心の距離が近くなる、この職業に就いている人特有の気遣いが、そこにあったのではないでしょうか。

私の知っているベテランのタクシードライバーは、『車中は人生劇場だ』と言いました。そこでは、ドライバーは黒子であり、察すること、慮ることが何より大切だとも。絶妙な距離感をキープし、それでいて時には失意のどん底にある人を、一言で勇気づけられる場合もあるタクシードライバーという職業。

平たい言い方ですが、私はカッコいいと思います。

 

 

 

 

 

 

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